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掲載日:2022年6月17日

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ワークショップ活動の記録「見えないエネルギーと立体造形」

「見えないエネルギーと立体造形」

  • 日時:2021年7月18日(日曜日) 午前10時~午後4時
  • 場所:創作室1、北庭、前庭
  • 担当:細萱航平(教育普及部職員)
  • 参加者数:10名

 新宮晋《時の旅人》を起点に、動く彫刻や環境彫刻について考えるワークショップ。特に、その場所にある広義のエネルギーをキーワードに作品の鑑賞、レクチャー、制作を行うことで、ある環境に立体作品を置くことについての知見が広がるきっかけとなることを目指した。

 午前中は、屋外に設置された彫刻の鑑賞と、動く彫刻や環境彫刻の歴史についての概要説明を行った。まず、当館北庭に設置されている新宮晋《時の旅人》(1981年)を話題に取り上げた。《時の旅人》は風で動く彫刻で、具象的なブロンズ像が多い屋外彫刻の中で異彩を放っているためか、それを作品だと気付いていない来館者も珍しくない。そこで、《時の旅人》を知ることを足がかりにワークショップを始めるとして、屋外に彫刻の鑑賞に向かった。

 この日は良く晴れ、汗ばむくらい暑く、風は無風に近かった。そのため《時の旅人》は大きく動いたりはしなかったが、周りの木々と一緒にゆるやかに揺れる様子を観察することができた。参加者へは、鑑賞の範囲を作品に集中するのでなく、周囲の環境まで感覚を広げて鑑賞するように講師から促した。すると、川の流れや葉擦れの音、木漏れ日のきらめき、肌をなでる風など、様々な「動き」が周りにあふれていることに気付く。風という見えないエネルギーを動きに変換して見せる《時の旅人》は、そのように周囲に遍在する「動き」を我々に思い起こさせる。もし風の吹かない屋内に《時の旅人》があったなら、それは作品として成立するだろうか。そのように鑑賞者と話し合いつつ、近づいたり離れたり、周りを歩いたりしながら、《時の旅人》の鑑賞を深めた。

 活動の様子1 活動の様子2

 引き続きダニ・カラヴァン《マアヤン》(1995年)を鑑賞した。アリスの庭を通って前庭に出ると、まずは《マアヤン》の8本の列柱が一列に並ぶのを側面から見ることになり、近づいていくと列柱の間を縫うように水路が巡っているのが見えてくる。この水路の水は美術館と一体化した柱の根元から流れだし、最後の柱の向こうにある欅の周囲を回って、最後に地下に流れ込む。柱には一本、向きの異なるものがあって、その足元の地面には、正午に落ちる柱の影の位置に合わせて真鍮板が埋め込まれている。この《マアヤン》を鑑賞するにあたって、講師から「どこからどこまでが作品だろうか」という問いを投げかけた。水や欅も作品の一部か、柱と柱の間も作品の一部か、真鍮板に影を投げかける太陽も作品の一部かなど、作品の境界を厳密に区切ることは難しく、実際、参加者の意見も様々であった。このように《マアヤン》は柱や水路のみを作品として見せるものではなく、その周囲の環境や背後にある多様な要素を含むようにして、作品として提示されている。

 《時の旅人》や《マアヤン》の鑑賞を経て得られた「動き」や「環境」といったキーワードは、彫刻の歴史の中でも一定の位置を占める概念であり、他の美術の潮流と混ざりながら様々な試みが行われてきた。そこで次に、動く彫刻や環境彫刻について、その歴史や他の作品例を紹介した。「動き」に注目して、未来派の実践や、初期のキネティック・アート、アレキサンダー・カルダーのモビールについて、また「環境」への関わりに注目して、ランド・アートや環境彫刻について取り上げ、最後には、環境との関わりが意識されている動く彫刻の作例について、現代の作家の手によるものを確認した。これにより、《時の旅人》や《マアヤン》で試みられていることの歴史と展開を知ることで想像を広げる手がかりにしようとした。あまり聞いたことのない話として楽しく聞いたという参加者もいた一方で、自身の持つ美術のイメージとの違いからとまどいを覚える参加者も見られた。

 活動の様子3 活動の様子4

 作品が周囲の環境と関わりを持つ理解しやすい例として、《時の旅人》は風を利用する機構を持っている。そこで午後は、実際に動く機構をつくることで、動きのある工作物がイメージできるようになることを目指した。参加者それぞれに、径6mmのステンレス棒、内径6mm外径17mmのボールベアリング、中央に径17mmの穴の開いた正方形の木の板を渡した。木の板の穴にはベアリングを、ベアリングの穴にはステンレス棒をはめることを想定しており、各材料はやすりで調整することで、ぴったりとはめ込むことできる。3つのパーツがきれいにはまると、ステンレス棒につけられた木の板がベアリングによって滑らかに回る。この過程を参加者に体験してもらい、動く造形物のイメージを持ってもらった。その際、丸棒やすりやベルトサンダー、鉄筋カットベンダーなど、制作に必要となる道具については、講師から使い方を説明した。

 上記の工作物が完成した参加者から、残りのベアリングや木の端材などを使って、自由に作品をつくって良いこととした。このとき、作品をどこに置くのか意識しながらつくるように声がけをした。回る機構を理解するのに苦労する参加者も見受けられたが、どの参加者も木を中心とした様々な素材にベアリングをとりつけ、回る造形物をつくることに没頭していた。このとき、ベアリングを1つ使うだけでは動きに違いが出にくい。そこで、ベアリングを複数使う作例として、直交する軸の根元それぞれにベアリングをつけることで半球の範囲内での動きが可能になる機構を提示した。これに刺激を受けて同様のものを制作してみる参加者や、別のつくり方で偶然同じような機構を発見する参加者が見られた。

 活動の様子5 活動の様子6

 最後に、各々何をつくろうとしたか、どのような場所に置こうとしたかを全員で共有した。坂道で転がすことを想定した車輪状のものや、紙を翼に使って風で回る風車を想定したもの、様々な木をひとかたまりにして壁で回るようにしたものなど、短時間ではあったが、それぞれ独自の制作を始めるところまで到達したようであった。各自の取組みについて共有した後、講師がテラスの高い場所に設置した風で揺れる枝葉上の造形物を参加者全員で確認した。それをもとに、周囲の環境に影響を受けて成立するものをどのようにイメージし、どのような場所に置くかについて再度イメージを膨らませ、まとめとした。

 総じて、特に動く彫刻について理解を深める機会となったのではないだろうか。特に、午後になって各自制作に取組みはじめると、深く集中して黙々とつくりこむ様子が見られ印象的であった。動くものをつくることは、そのごく初期の段階では玩具製作にも通じ、また「回る」ことの持つ呪術的な魅力に言及する参加者もいたことを考えると、没頭しやすい題材であったのだろう。ただしこれは、動きのプリミティブな面白さのみに集中してしまったということでもある。《マアヤン》の水路や影のように自然の動きを意識する選択肢があることで、それらが置かれる環境へと更に広く意識を持つことができたかもしれない。

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