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金属は私たちの身近にありながら、加工に様々な技術を必要とするため、難しい素材だと思われがちだ。このワークショップでは、石膏蝋型鋳造という技法を用いてブロンズの小作品を制作する。金属素材への既成イメージを払拭し、その表現の可能性と面白さを体感して、参加者の今後の制作に生かしてもらうことをねらいとした。鋳造を長年研究している工芸家の髙橋勉さんに講師をお願いした。
石膏蝋型鋳造は、蝋を用いて原形をつくり、それを石膏に埋め込んで鋳型を製作する。次に鋳型を焼成して蝋を溶出し、その空間に金属を流し込むという方法である。
今回は、金属で作りたいものを、蝋という常温で扱いやすい素材を用いて手びねりで制作し、鋳造でブロンズに置き換え、仕上げるという工程の中で所期の目的を達成させることにした。
ただし、ワークショップの期間内で鋳造の全工程を体験することは時間の面で難しかった。参加者が蝋という新しい素材に慣れ、制作に十分な時間を費やせるように、次のようなサポートと配慮をすることにした。
※日程と取り組み内容は参加者の進捗状況により多少の違いが生じた。
原形制作用の蝋は、スタッフが事前に準備しておいた。講師持参の資料を元に、パラフィンワックス、マイクロワックス、蜜蝋、松脂を溶かし合わせて、使用目的別に、手びねり蝋(修正蝋)、厚み付け蝋・湯口蝋、湯道蝋の3種類の蝋を作った。
蝋の種類 | 特性 | パラフィンワックス、マイクロワックス、蜜蝋、松脂の混合割合※ |
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手びねり蝋(修正蝋) | 常温で適度な柔軟性と硬さを兼ね備える | 6:6:9:1 |
厚み付け蝋・湯口蝋 | 冷却後に蝋原型の変形を防ぐ強度を持つ | 1:0:0:1 |
湯道蝋 | 適度な柔軟性と強度を持ち合わせる | 上の2種類の蝋の残りを混ぜ合わせてつくった |
※混合割合は、今回のワークショップに適するようにつくったもので、季節や目的により異なる。
パラフィンワックス、マイクロワックス、蜜蝋、松脂を溶かし合わせる。
制作時に形を見やすくするため、蝋原形制作に使用する蝋は濃緑色、湯道や湯口に使用する蝋は茶褐色にクレヨンで着色した。
ワークショップ初日。テーマ「鋳造―手びねり蝋からブロンズへ」について講師がお話する。
現在、立体表現の素材は多数あるが、今回のワークショップでは、古くから存在する金属について理解を深めたい。
講師から、「金属という言葉を耳にしてイメージすることは何か?」、「金属の加工法は?」、「2つの素材、金属と蝋の特性で共通することは何か?」といった問いかけがあり、参加者は金属の素材の特性を確認した。
今回は、金属と蝋の共通の特性である、「加熱すると溶けて流動性が生まれる」ことを生かし、低温で溶ける蝋を媒介として金属の表現に迫ってみる。
講師が蝋の加工を実演した後、参加者も道具や蝋を受け取り制作に入る。午前中は、蝋の素材を体験し、色々な造形を試した。参加者は全員、蝋を扱うのは初めてだった。ボウルに溜めたぬるま湯で蝋を温めて成形したり、ハンダゴテや焼きゴテで溶かして接着をしたりした。板状に伸ばした蝋から形を切り抜いたり、溶かした蝋を垂らすことでおもむきを出す人もいた。午後は、1週間後に自分の制作するもののイメージを膨らませ、制作技法を深める様子が見られた。
ぬるま湯で蝋を温めて成形する。
10月12日、講師が持参した鋳物の参考作品を見てアイデアを膨らませ、各自の制作に入った。
制作にあたっては、完成品の最大寸法(10×10×15cm)と、湯(溶かした金属)が正常に流れるために蝋の厚さを最低2~3mm確保することだけを伝え、造形になるべく制限をかけない配慮をした。
手びねり蝋を練りながら、出来た形をもとに造形を深める人、蝋を指先でひねって植物の形を元に作品をつくる人など、多様なアプローチが見られた。
2・3日目、作品について講師のアドバイスを求める姿も見られるようになる。黙々と一つのパターンを量産しそれを組み上げる人、湯が流れるかどうかを確認しながら細部にこだわる人、初日とは全く異なる作品を作る人も現れ、まさに十人十色の蝋原形ができた。
ここからは、各自作った蝋原形に湯道(熔解したブロンズを流し込む蝋でできた道)・湯口(ブロンズを注ぎ込むためのじょうごのような形の蝋でできた口)を取り付ける。取り付け作業の前に、講師に原形をチェックしてもらい、湯が上手く廻るかどうかを確認してもらう。問題がある箇所には必要な対策を講じつつ(※表参照)、湯道や湯口の取り付けについて指示を受ける。
原形のどの位置にどんな太さの湯道を付ければ良いか、一人一人原形の形状を講師と確認し、湯道となる棒状の蝋を付ける。必要な個所に湯道を付け終えたら、それらの湯道を一つずつ最短距離で結び、湯道を集結していく。その最上部に湯口を付ける。最後に、ブロンズを流すとき発生するガスを抜く機能を持つ「上がり」(湯道から延長し、上部に伸びる棒状の蝋)と脱蝋(鋳型を温めて鋳型内の蝋を溶出すること)を円滑にするための「脱蝋栓」を湯口の反対側に付ける。
原形の形状によって湯道の数や太さは異なるので、参加者同士がその違いを見て楽しみながら作業を進めた。
湯口は板状の蝋を温めて円錐形に丸めて成形した。
対応した工程 | 引け巣対策※(肉厚部) | 湯回り不良対策(肉薄部) |
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蝋原形づくり |
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焼成2 |
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鋳込み |
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※引け巣:鋳込み後、地金の冷却による収縮が起き、肉厚部にスポンジ状や凹みが生じること。
蝋原形を鋳造用石膏の中に埋め込んで鋳型を製作する。
蝋原形の表面に石膏との馴染みを良くするためのアルコールを塗る。その後、耐火性の石膏とシャモット(レンガ粉)、古砂(焼成後の鋳型を粉砕したもの)を混ぜて作った鋳造用石膏を用いて原形のまわりを埋めていく。鋳造用石膏は、粒子の細かさにより肌石膏、中石膏、粗石膏の3種を用意。まずは筆で原形全体にまんべんなく肌石膏を置く。その後、中石膏を石膏ヘラで肌石膏の上につけて鋳型の厚みを付ける。中石膏が固まったら、鋳型全体をトタンなどで囲み、そこに粗石膏を流し込んで固める。最後にトタンをはずして金網を巻き付け、その上に粗石膏をかけて厚みを付け鋳型を補強する。この工程では、湯口、上がり、脱蝋の箇所を石膏に埋め込まないように気を付ける。
石膏を初めて扱う参加者がほとんどなので、最初に使い方を伝えた。初めは、多くの石膏を溶かし過ぎて固まって使えなくなる。あるいは、流し込むのに途中で足りなくなる人がいた。しかし、徐々に慣れてきて、余った石膏を他の人に廻す、早く終わった人が手伝って石膏を溶くなど、自然に協力して作業をする体制が生まれてきた。
(左)石膏を水で溶く
(右)蝋原形に肌石膏を筆で置く。
(左)鋳型全体をトタンなどで囲み、そこに粗石膏を流し込んで固める。
(右)金網を巻き付けた上に粗石膏をかけて厚みを付け鋳型を補強する。
充分に自然乾燥させた鋳型を、低温で焚いた丸窯の中で、さらに乾燥させ、脱蝋させる。丸窯は事前に講師とスタッフがテラスに築いておいた。参加者とスタッフの鋳型12個を、4つずつ3グループに分けて窯に詰め、グループごとに合計約10時間半~13時間、3日間に分けて、乾燥・脱蝋・焼成1の工程を進めた。
鋳型の湯口を下にしてセッティングし、初めの約3時間は100℃程でゆっくり乾燥させる。次は150℃程で約3時間かけて脱蝋をする(火を入れる時間は鋳型の大きさや厚さにより変わる)。窯を開けて鋳型を取り出し、脱蝋栓を塞ぎ、湯口と上りをきれいにし、ひび割れを補修する。その後、再度丸窯にセッティングして本焼きをする。本焼きは、約4時間かけて700℃程まで上げる。そこまで上げたら約1時間その温度を保つ。その後火を切って窯全体を塞ぎ、一晩ねかせる。
長い工程の期間中、見学に来た参加者から色々な質問が寄せられた。
(右)基本的には鋳型の湯口を下にして丸窯にセッティングする。
鋳型の補修をしているところ。
鋳込み前に全ての鋳型を再度窯に入れて加熱する。朝に火を入れ、4時間かけて徐々に温度を上げ、800℃で止めて窯を塞ぎ鋳込みを待つ。
(左)創作室テラスの丸窯に3つの鋳型を詰める。
(右)電気陶芸窯に9つの鋳型を詰める。
講師とスタッフが事前に創作室テラスに築いた熔解炉(灯油バーナー使用)でブロンズ地金を熔解する。細かな地金から順に坩堝(るつぼ)に入れて満たし、バーナーに点火する。下湯(坩堝下部で融け始めた湯)ができてから、予定した地金を坩堝に入れて熔解を続ける。午後1時に、50kgのブロンズを熔解する。
(左)創作室テラスに築いた熔解炉。
(右)参加者は、鋳込み前の時間に乾燥した藁を輪状にする作業をした。
ブロンズ熔解
ブロンズ熔解作業と並行して、鋳込みのための鋳型のセッティングを行う。熔解炉の側に鋳型をセットするための砂場を作った。注湯する鋳型の形状により、窯から鋳型を運び出すタイミングを計り、機を見て男性の参加者とスタッフで鋳型を運び砂に埋める。
注湯されると鋳型に大きな圧力が加わり、亀裂が生じることがあるので、砂の中に埋めて補強する。
汲み出し猪口(ちょこ)(今回は約5kgのブロンズを汲み出す小さな坩堝を使用)を熔解坩堝の中で赤熱させておき、取り箸(猪口をつまむ長い柄の箸)で挟んで湯をくみ、取鍋(とりべ)に入れて鋳型まで運び、一点一点注湯する。
(右)取鍋内に藁を入れて湯のくみ取り。
(左)藁は、熔解炉と取鍋に入れて、湯の保温と不純物を絡め取る役目をする。
鋳型を開け、石膏を崩して作品の完成に向けて仕上げる。講師から作業方法と注意事項の説明を伺った後、各自が(1)~(3)の順に仕事を進めた。
当初、湯口の切断や細部の鋳さらい作業を手動で進めようとしたが、時間がかかるので、講師が巡回して電動工具で手伝い、仕上げのスピードアップを図った。また、仕上げ用の鏨(たがね)やオタフク(小金槌)は講師の道具を借用した。
ハンマーや木ヅチなどの道具で作品に傷をつけないように石膏鋳型を崩し、残りは真ちゅうブラシなどで擦り落す。ワイヤーブラシは、鋳肌面に傷がつくので使わない。
鋳物は鋳上がったとき、湯口・湯道や鋳バリなどが作品のまわりに付着している。これらを金鋸(かなのこ)や鏨(たがね)などで落とし、作品だけを取り出す。湯道の堰(せき)(作品と湯道の接点箇所)を切断するときは作品部分に食い込まないように注意する。
(左)堰の切断の説明
鋳ざらいで取り切れない小さなバリや表面の玉がね、巣、荒れなどをやすり、鏨などで除去、あるいは修正する。大きな巣や傷あるいは荒れなどは、はめ金という技法で本来の表面をつくる。叩き仕上げとは、最後に荒らし鏨で回りの鋳肌に合わせる仕上げ。剥き仕上げとは、鋳肌をキサゲという道具で剥き、耐水ペーパーなどで磨きあげる仕上げをいう。
ヤスリによる細部の仕上げ
玉がねの除去
(左)剥き仕上げ
(右)叩き仕上げ
鋳込んでから約一週間後鋳型を開け、原形の作品部分にブロンズがうまく流れていることが分かると、参加者はほっとした表情だった。
鋳上がった形から、湯道や湯口、バリを切り落とし、表面に残った湯口跡を削りとって整える。鋳肌に焼け付いている砂をブラシで取り除くと、ブロンズの輝きが現れる。蝋原形をつくったときの微妙なタッチが、ブロンズに置きかわっている。鋳上がったままの表面の肌合いと、なめらかに磨いた面では、だいぶ表情が異なるので、その表情を生かしつつ、自分の作品をどう仕上げるか、最終的なイメージを持ちながら進める。鏨やヤスリを使って、鋳肌を見ながら根気よく仕上げていく。素材が蝋からブロンズに変わり、湯道の切り落としや細部の磨きは、体力と時間を必要としたが、参加者は大変な集中力でやりきった。
剥き・叩き仕上げが終わったら着色をする。色によって方法は異なるが、今回は明るい緑青(ろくしょう)の着色を中心に行った。最初に以下の工程順に講師が作業のポイントを示しながら説明し、手本をみせる。
着色の下準備として、縄を束ねた筒状のタワシで作品の表面に細かな砂を擦りつけ、凝固時にできた酸化被膜を取り除く。狭いところは布を巻いた割り箸に砂を付けて擦り、最後に、絹篩いで篩った細かい砂を付けたガーゼで全体を擦って水洗いをする。
水洗いした作品を炭火で温めながらガーゼで拭き、乾燥させる。その後、たんぱん液(酢酸、水、硫酸銅、緑青、食塩を合わせた水溶液)をガーゼにつけて数回塗布し、水で押さえながら、改めて均一な灰色になるまで酸化被膜を付ける。
水拭きした後、作品を温めながら、塩化アンモニウムの水溶液を浸したガーゼで拭く。この操作を、自分の好ましいと思われる発色に達するまで何度か繰り返す。最後に、固形ワックスを乾拭きした布で擦って着色を止める。
説明を受けた後、参加者は個々の進捗状況に合わせ、最初に胴ずりを済ませてから、4か所の着色場に移動して着色の工程に入る。
参加者全員の着色が終わり、最後みんなの作品を並べて鑑賞した。各々、原形をつくったときの思いや制作中の実感を話す。2ヶ月間にわたる長期間の制作となったが、多様な作品が出来上がった。
参加者に、石膏蝋型鋳造のワークショップで体験した、金属への新たなイメージを大切に、今後の制作に取り組んでもらうことを願って終了した。
展示作業:1月22日(水曜日)
創作室ギャラリーにて作品展示を行った。1月22日(水曜日)に、都合がついた参加者4名とスタッフで展示作業を行った。台座や照明を変え、作品をどう見せたいかを考えながら作業を行った。参加者は色々な方法を試しながら、作品の見え方が大きく変化することを楽しんで展示を行っていた。
ワークショップ展:会期1月23日(木曜日)~2月24日(月・祝)
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