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掲載日:2022年6月17日

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ワークショップ活動の記録「世界と画面をつなぐ身体 ードローイング」

「世界と画面をつなぐ身体 ードローイング」

  • 日時:2021年10月16日(土曜日) 午前10時~午後4時
           10月17日(日曜日) 午前10時~午後4時 ※2日間連続
  • 場所:創作室2、前庭、中庭、北庭
  • 担当:細萱航平(教育普及部職員)
  • 参加者数:1日目9人、2日目8人

 

 ある場所を前にしたとき、その場所で感じたことについて、自分の身体スケールと身体に伴う感覚を頼りに記録することを目的としたワークショップ。
 2日とも10月としては非常に寒い日で、16日から17日午前中にかけては雨天が続いた。当初は屋外での活動をメインとして考えていたが、室内や屋根の下で行える活動を多めにし、雨がやんだ17日の午後を中心に屋外で活動を行った。

 1日目 10月16日(土曜日)

 まず、ある場所やある風景に感動したときに、それをどのように記録として残そうとするか参加者に問いかけた。今回は普段から絵を描く参加者が多く、従って旅行先などでも風景を軽くスケッチをすることがある、という意見があった。また写真を撮るという意見の一方で、写真を撮ってしまうと目の前の風景を見なくなってしまうからあえて撮らないという意見も聞かれた。このように、ある場所での感動を記録する方法は一様ではない。

 場所を印象的に感じるのは、必ずしも風景の色や構成の美しさのような、絵画的な要素だけが理由とは限らない。例えば、風や光が心地よい、苦労して辿り着いた、非常に広大である、あるいは歴史上重要な場所であるなど、様々な要素から我々は感動を覚える。その場所を写真に撮って後で見返しても、同じように感動することができないのは、記録する情報が主に視覚に限られるためだと考えられる。では、我々はそのときの感覚を記録するために、場所とどう向き合えば良いだろう。その方法を考えることを、今回のワークショップの出発点とした。

 下準備として、はじめに講師から歩測という方法を提案した。歩測とは、自分の1歩当たりの歩幅に歩数をかけて、歩いた距離を概算する方法である。今回は、6歩当たりの移動距離を10回測り、それをもとに6歩の平均距離を算出した。その平均距離を3で割ると、2歩(両足で1歩)あたりの平均歩幅がでる。

 3人1組のグループになり、メジャーを使って互いの平均歩幅を測り合い、参加者それぞれに自分の数値を記録してもらった。算出の後に各参加者の平均歩幅を尋ねたところ、その値はおよそ1m40cmから1m60cmくらいであった。

 ドローイング1 ドローイング2

 次に、創作室2のベランダに続く扉から廊下に続く扉の間(=創作室2の東西の長さ)を歩くのにかかる歩数を数えたところ、参加者の体格によって15歩から17歩かかることがわかった。これと、先ほど算出した平均歩幅を使うと、創作室2の一辺の長さがおよそわかる。さらに、これでもう一辺(創作室2の南北の長さ)を歩測すれば、創作室2の面積も算出できる。

 歩測での距離の測り方がわかったところで、実際に外に出て、歩測で距離を実測した。実測にあたり、講師から3つの条件を提示した。一つ目は、先ほど測った創作室2の一辺の距離と同じ距離を探すこと。二つ目は、創作室2と同じ面積を探すこと。三つ目は、創作室2と同じ距離、面積を見つけたときに、それが同じ長さ大きさである創作室2の空間から感じる感覚と、同じかどうかを考えてみることである。

 この条件の下、歩測を実践するために、記念館前の玄関に移動した。この空間は、少しだけ一辺が創作室と同じ、一辺が創作室より少しだけ長い、長方形の面積をしており、実際に歩測を行うとそのことがよく分かる。参加者は、その違いを歩測によって確認し、創作室2の空間との印象の違いを実感していた。屋根までの高さに言及する参加者も見られた。

 このような調子で、そのまま参加者に前庭から中庭の屋根がある部分を各々で歩測してもらい、創作室2と同じ距離、面積の空間を探してもらった。特に県民ギャラリー前の地下に繋がる空間が、創作室2と同じ面積をしていると気付くと、驚いた様子でその実測と感覚の違いをかみしめている様子が見られた。また、空間の中にモノがあったり、何かが覆い被さったりしていることで、感覚が変わることを確かめられたという参加者もいた。

 午後には、歩測で測った距離を紙に落とし込む方法について説明をした。歩測で距離を測るときに歩く方角を決め、紙にも方位と縮尺を設定することで、自分が歩き、測った軌跡を紙に線として書くことができる。そのために、それぞれの参加者にバインダー、方眼紙、オリエンテーリングコンパス(以下コンパス)、三角定規、製図用シャープペンを用意した。なお、方眼紙上での東西南北は予め決めておき、必要に応じて方位記号を描き込んでおく。

 全員で正面玄関の前の回廊に移動し、まずは講師が測り方を実演した。スタート地点を決め、どこまで歩くかゴール地点を自分で決める。両地点を決めたら、バインダーに挟んだ方眼紙の上にコンパスを置き、方眼紙上の南北とコンパスの針の南北を合わせる。その状態のまま、コンパスの本体のみをゴール地点方向に向けることで、方眼紙は東西南北に、コンパスの本体は進行方向にあった状態となる。このときの進行方向に合わせた線を方眼紙に引く。こうして、スタート地点からゴール地点まで歩測を行い、歩いた距離の分だけ縮尺に合わせて長さを変換し、方眼紙上にその長さの線を描き込む。以上を繰り返すことで各地点の距離と方角が測られ、自分の測定の軌跡が描き込まれていくことになる。なお、ここでは簡単のため、2歩(両足1歩)を1cmの縮尺で落とし込んだ。

 ドローイング3 ドローイング4

 講師による実演の後、参加者も実践してみた。手順の理解が難しく、はじめは混乱する参加者も多かったが、何度か説明を受け、講師と一緒に試してみることで、だんだんと自分でも行えるようになっていった。中には、一度理解するとどんどん自分で活動を進め、霧雨にもかかわらず前庭まで出ていって線を書いている参加者も見られた。天候不順もあり短い時間の実践となったが、点と点、線と線が繋がり、少しずつ方眼紙上に面的な空間ができあがり始めている参加者もいた。創作室2に戻り、各参加者が方眼紙に描いたものを互いに確認するとともに、この書き方について感じたことを話し合った。

 話し合いを受け、次の日に向けて北庭を散策することにした。このとき、視覚以外の感覚で感じることを大切に、という条件を講師から提示した。薄曇りの霧雨の中、北庭を散策すると、視覚以外にも様々な情報が満たしていることがわかる。しっとりと湿ったような寒さ、仄かでやわらかい光、木々の向こうから聞こえる川の音、それらも北庭からアリスの庭へと入ると、なにかの人工的な駆動音に変わっていく。雨のせいか落ちてしまっているドングリを踏むと、靴を履いていても痛みを感じる。このように、散策をしながら参加者に話を聞くと、様々な気づきが挙げられた。

 北庭散策から戻った後は、各自感じた中で印象的であったことを確認した。翌日、また天気や時間が変われば、感じることも変わることを前提として、翌日こそは晴れることを願い、1日目を終了した。

 ドローイング5 ドローイング6

 

 2日目 10月17日(日曜日)

 2日目も朝は雨が降っていたが、午後は晴れるとの予報だったため、午前中は講師からレクチャーを行い、午後の実践に向けて、アイデアを共有した。

 講師からは3つのことについて話をした。一つ目として、1日目に練習した歩測について、縮尺を変えることの可能性について説明した。今回のワークショップでは、2歩(両足1歩)を、方眼紙上で1cmとして扱っているが、例えば1歩を2cmにしても良い。そのように、感覚のスケールを変えることで、描き込める範囲や解像度が変わることを示した。

 二つ目に、フィールドノートについての説明を行った。その場所で歩測とともに見つけたものを記録した方眼紙は、その場所のフィールドノートと言える。フィールドノートはメディア機器では拾いきれない情報を記録するために、様々な分野で専門的な情報の記録に使われる。そのようなフィールドノートの事例をスライドで説明した。

 三つ目に、今回のワークショップでは、参加者にも美術家としてどのような記録をとり、フィールドノートをつくることができるのかを実験してもらいたいという旨を話した。世界を構成する混沌とした情報を選び取るためのレーダーとして、私たちの身体とその感覚は機能しうる。そこに、美術家としての各参加者の創造性があり、このフィールドノートがドローイングになっていく契機があるかもしれない。

依然として気温は低く風も強かったが、雨がやんだため、11時頃から午後3時頃まで、1時間の昼休憩をまたいで屋外での活動を始めた。各々に関心のある場所に赴き、歩測を使いながら方眼紙に記録を描き始めた。外で情報を収集できた参加者は、必要に応じて創作室2に戻って記録を整理するなど、体調を鑑みながら各自のペースで制作した。

 ドローイング7 ドローイング8

 周囲の様子に感覚を働かせながら、歩測と組み合わせて、方眼紙に線を描いていく様子が見られた。感じられる湿度の違いを構成しようとする参加者。空間に落ちる影を追いかけていく参加者。見つけた情報を様々な解像度でどんどん描き込んでいく参加者。歩測先で感じたことを全て文章で描き込む参加者。執拗に同じ場所を測りそのたびに生じる誤差を問題にする参加者など、多様な取組を確認することができた。午後にかけて天気が安定してきたとはいえ、風も強く肌寒い中、どの参加者も驚異的な集中力で、自身のノートを仕上げていった。

 最後に、それぞれに仕上げたものを前に、アイデアを共有した。午後になって出てきた太陽の光に着目し、各所に落ちている影を方眼紙に落とし込んでいった参加者は、葉から方眼紙に落ちてきたしずくの跡を丸で囲ってノートに取りこんでおり印象的であった。北庭の池の周辺を描いた参加者は、途中で歩測を間違えて実際には存在しない北庭を描いてしまったが、歩測という技術に起因する間違いにより新たな世界が立ち上がるのも興味深く思われた。現場で記録を描き込むのは必要分のみにし、早々に創作室2でそれを製図し直した参加者は、論文などの執筆の際にフィールドノートに書いた図を掲載図版にするために清書する過程を想像させた。歩いた地点を線で繋ぎ、その場所その場所で見つけたことをひたすらに文章で書き込んでいった参加者もおり、ノートにはその参加者が情報を見つけた時間と空間を示した行動記録ができあがっていた。アリスの庭から北庭に抜ける通路を執拗に何度も測り直し、そのたびに引いた線を切り抜き、最終的に一枚の紙にまとめた参加者もいた。

  ドローイング9 ドローイング10

 悪天候が続き、テーマも複雑であったが、参加者は試行錯誤を繰り返し、それぞれに独自のアプローチをとることができた。「脳の普段使わない部分をフルに使った」という声も聞かれるなど、参加者にとってはそれまでにない経験となり、挑戦しがいのあるワークショップとなったようだった。

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