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画家の金田実生さんを講師に迎え、ドローイングの線の表現を取り上げた。
ドローイングは線描画、線を主体とした表現を指す、ペインティングと対をなす英語で、ペインティングの準備段階としての下描きのことも指すが、今回は独立した表現形式としてのドローイングに取り組む。ワークショップのタイトルに「線をつくる」とある通り、身体性を重視して線を生み出すことや、自然の感覚や言葉のイメージを、新鮮な線、形で描くことを試みる。2日間で4つの制作をする。
線やドローイングについて、はじめに詳しく説明することはせず、皆で描きながら探っていくため、早速最初の制作に入った。
最初の制作(1)では、部屋の照明を消し、アイマスクをして、目をつぶった状態で描く。アメリカの画家、サイ・トゥオンブリーが暗闇で行ったドローイングを元にしている。
あらかじめ12色のクレヨンから3色を選んでおき、まぶたの裏に見える形や、頭に浮かんだことなどを、B4サイズの紙に描く。目をつぶっているので、紙の全体を見ることなく、はみ出すことは気にせずに、クレヨンと紙面の接触だけ感じて線を引く。1枚90秒で描くことを4回繰り返し、その都度、部屋を明るくして自分が描いたものを見て確かめた。2回目からはクレヨンの色数は自由にした。
心身の制約を外して線を引くためのウォーミングアップの制作だったが、参加者は躊躇なく描き、楽しく解放されている様子だった。繰り返すうちにだんだん肩の力が抜けて線も変化していった。
最後は自分が描いた4枚を壁に展示した。水平の机から壁に上げ、離れて客観的に見ると、描いていたときとは大分印象が違う。壁に貼ったまま時間を置いて、自分や他の人が描いた絵をときどき眺めながら、次の制作に生かしていく。今回は描くことと同じくらい、見ることが大事になる。
制作(2)では、複数の素材や方法を用いて、身体性を重視した、自分の新しい線を見つけることを試みる。自分の身体の動き(手の運び)が、無意識のうちに思いも寄らない線を生み出すことがある。線には、具体的なモティーフを観察し、それを再現するためのものもあるが、この制作では、線そのものがどれくらい表現の核になるかを考えて制作する。
まず、金田さんがデモンストレーションを行い、筆圧、スピード、画材の持ち方、身体の動きなどを変えることで、様々な線が引けることを実践して見せた。身体的なストロークを意識して、か細い線、たどたどしい線など、色々な性格の線を引くことができる。太くて面ともいえる線も含めて、広い意味で線を捉えてみる。
参加者は紙と画材を選び、約1時間半で2枚から3枚を描いた。紙は90cm角の白画用紙は全員に、他にも色々な質の大きめの紙を準備した。画材は、鉛筆、木炭、水溶性クレヨン、不透明水彩絵具、アクリル絵具、墨など。制作(1)で解放された後なので、身体のストロークを生かして躊躇無く描く。色材の他には、木の枝、ニードルなど痕跡をつけられる物、消しゴムなど。紙に痕跡をつけた後に、水彩で絵具の溜まりをつくったり、鉛筆で描いたあと消しゴムで消して白く抜いたり(引き算で描く)、鉛筆の粉を指につけて描くなど、様々な方法で描いた。また、重力や身体と紙との関係から、イーゼルに立てて描くのと、机で描くのでも線は変わってくることも意識した。線を引く手元で現れるイメージを確かめ、自分の身体の動きから生まれる新しい線を探すことに没頭した。
できた絵はすぐに壁に展示して、客観的に見てみる。自分の絵は時間を置いて見ると、思わぬ発見がある。他の人の作品も見ながら制作を進めた。
制作の参考に、サイ・トゥオンブリーやヨーゼフ・ボイスなどアーティストのドローイングを画集で紹介した。
制作(3)では、動詞、形容詞、副詞、「自然の感覚」などの言葉を考えて、イメージを膨らませ、それを線で描くことを試みる。自然の感覚とは、例えば湿度や温度などのように、具体的な形は見えないが、存在しているものだ。同じ言葉でも人によって違う感触のイメージを持っているから、言葉でないものに変形させたら違うものになる。
10~15分ほど言葉を考えてから、イメージを膨らませて描き始めた。一語でも良いが、二つの言葉を重ねるとつくりやすいという金田さんのアドバイスもあり、参加者が考えた言葉は「雨あがりのにおい」、「早朝の口笛」、「石を擦ったときの香り」、「地球の充電」など様々だ。各自、自分が編み出した言葉のイメージに合った、大きさと質の紙、画材を組み合わせる。各自金田さんと話しながら制作を進めた。言葉のイメージから線をつくるため、紙を重層的に扱ったり、描き方を変えて、線の表現の幅がさらに広がった。
金田さんにご自身の作品についてお話いただいた。ドローイングを中心に、ペインティング、ドローイングノートを紹介いただいた。主に、制作のきっかけとなった景色、出来事、感覚や、どういう描画材でどんな調子をつくっているのか(水溶性クレヨン、木炭、鉛筆、油絵具など)について、うかがった。
湿気や匂いなど目に見えない感覚から描くこともあれば、植物など具体的なモティーフを観察して描くこともある。観察するときは、大事なもの以外を省き、「印象をうつしとる」ように描くという。
また、作品につけられたタイトルは、想像力を広げるような印象的なもので、言葉と絵の共鳴について考えさせられる。これは、言葉のイメージから線をつくる、1日目の制作(3)と2日目の制作(4)につながる。
スライドの後に、11冊のドローイングノートの作品を実際に手に取って見せていただいた。1995年からの現在までのドローイングノートや、「空とバラの31日」(2000年から続けられている、空とバラをそれぞれ描き、対にして集成したノート)などに、参加者は引き込まれていた。
最後に、ご自身の作品紹介に加えて、五線譜の上にドローイングを描き、それを音に置き換えて演奏する音楽家の例を挙げて、ドローイングは発展的なものになり得ること、新しいものをつくるという意識で2日目も制作しようとお話された。
2日目にじっくり取り組む制作(4)では、「ありえないイメージ」から造形を膨らませて描く。「あたたかい雪」のように2つ以上の言葉を重ねて、矛盾する状況の言葉を考え、線や色彩で表現する。
参加者が考えた言葉は「燃える水」、「秋と春が出会った日」、「弾む卵」、「石灰岩とリラックス」などだった。言葉のイメージに合った大きさ、画材の組合せを考えて、約2時間の制作を行った。反発する言葉の組合せから湧いてくるイメージ、感触を探ることに集中した。
制作(4)の作品を展示する。壁に展示していた制作(1)~(3)までの作品を一旦全て外し、自分の作品が、どの高さや位置にあるのがイメージと合っているか、意識して展示場所を選んだ。合評会では、一人ずつ自分が考えた言葉とそのイメージから広げた線について話し、他の人がコメントした。氷の質感をつくるためにトレーシングペーパーを使った人、丁寧な仕事の積み重ねで質を作り出した人、組作品の形式を選ぶ人などがいた。言葉を決めてから描くのが初めてだったが、いつもと違う絵になり新鮮だった、という声もあった。
2日間、4つの制作の中で、金田さんとの対話が続き、複数の作品を描き、他の人の制作も見る中で、参加者のドローイングが変化するときがあったように見える。自分の手元から生み出された新しい線を見つける体験になった。
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