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【概要】
大貫丘陵から東に細長く延びる標高13mほどの丘陵上に立地し、東西300m、南北250mに及ぶ県内有数の規模をもつ「U」字形の貝塚である。貝層は、縄文時代のすべての時期にわたるが、大部分は前期~中期に属している。時期により貝類の構成が異なっており、早期はカキ・ハマグリなどの鹹水産のもの、前・中期はヤマトシジミなど汽水産のもの、後・晩期はタニシなど淡水産のものからなり、時代が降るにつれて海岸線が徐々に後退していった事実を証明している。
昭和43年の発掘調査で、県内では初めて縄文時代中期末の竪穴住居跡2軒が完全な形で発見され、前期末から中期にかけての土器・石器・骨角器などが出土している。縄文時代の内陸部での漁携活動や集落を研究する上で重要な意義を持っている。
【関連史跡】
【基本情報】
指定年月日 | 1970年3月9日 |
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所在地 | 遠田郡涌谷町小里字長根北ほか |
見学 | 自由 |
アクセス |
(車)三陸道松島北ICから40分 (鉄道)石巻線涌谷駅から車で15分 |
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