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茅葺、上屋の梁間は四間で、前後に一間の下屋が付く。座敷は左手の前後に一室を配し、次に手前に〈なかま〉、奥に〈なんど〉を置く。次の二室は前が〈ちゃのま〉、後はこれよりも狭い〈こざしき〉で前常居型である。柱、梁の架構法が進歩していることは注目される。
この建物は、もと北上町追波川左岸に所在し、『安永風土記書出』に「七代相続 喰迫屋敷肝入 武右衛門」とあり、肝入屋敷であったことがわかる。また、今野家に伝わる『萬覺附牒』に「明和六年春手前家作之事廿五日旨上ケ仕候云々」とある。明和六年は1769年である。なお、平成4年11月当主今野勝實氏より県が寄贈を受け、平成11年に東北歴史博物館に復原展示されている。
指定年月日:平成4年10月27日(追加指定:平成8年12月25日)
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