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均整のとれた身体つき、眉目秀麗な顔立ち、美しく整った衣文など鎌倉時代の快慶の作風を伝えている。黒く煤けているため「黒本尊」とも呼ばれている。由来については、亘理氏の祖、武石胤盛の父千葉常胤が源頼朝から譲りうけ、その後4代宗胤が乾元2年(1303)亘理に光明院を開山し、この仏像を寄進した。しかし亘理氏が涌谷に所替えとなったことにより、亘理の称名寺に置かれたものと伝えられている。
(ヒノキ材寄木造 玉眼入り 像高94cm 鎌倉時代)
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