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河川名 | 一級河川北上川水系迫川 | ||||
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位置 | 栗原市花山字本沢淵牛 | ||||
目的 | 洪水調節・不特定用水・発電・上水道用水 | ||||
型式 | 重力式コンクリート | ||||
ダム諸元 | 貯水池諸元 | ||||
集水面積 | 126.9 | 平方キロメートル | 総貯水容量 | 36,600,000 | 立方メートル |
湛水面積 | 2.4 | 平方キロメートル | 有効貯水容量 | 32,000,000 | 立方メートル |
堤高 | 48.5 | m | 洪水調節容量 | 20,000,000 | 立方メートル |
堤頂長 | 72.0 | m | 洪水期利水容量 | 12,000,000 | 立方メートル |
堤体積 | 46,000 | 立方メートル | 洪水時最高水位 | EL129.1 | m |
ダム天端高 | EL130.5 | m | 平常時最高貯水位 | EL124.6 | m |
計画高水流量 | 1,350 | 立方メートル毎秒 | 洪水貯留準備水位 | EL118.8 | m |
最大放流量 | 230 | 立方メートル毎秒 | 最低水位 | EL108.8 | m |
洪水期:7月1日から9月30日まで
非洪水期:10月1日から6月30日まで
迫川は昭和初期から河川改修が進められてきましたが,昭和22年9月のカスリン台風,昭和23年9月のアイオン台風等で流域に甚大な被害を及ぼしたため,迫川総合開発事業の一環として花山ダムが計画されました。花山ダムは宮城県が手掛けた最初の重力式コンクリートダムです。
ダム堤体を自然条件を最大限に生かした狭さく部に建設したため,全国でも有数の貯水効率の高いダムとなりました。しかし,ダム建設により村役場,小・中学校の公共施設や百数十戸の民家のほか多くの耕地等が水没してしまいました。
ダム建設については昭和25年に調査を開始し,昭和27年度に補助事業として採択されました。同年7月には調査事務所が設置され,昭和28年4月には建設事務所と改められました。
昭和28年は工事施工に関する詳細な調査と,工事専用道路及び堤体コンクリート打設機械据え付け等の仮設備工事の施工の予定でした。しかし,補償問題が未解決なまま仮設備工事に着工しようとしたため,地元住民から建設反対運動が起こりました。
その後,昭和29年4月から補償交渉を再開し,昭和30年6月30日補償交渉が妥結しました。
昭和30年8月ダム本体工事を発注,昭和31年6月定礎式を挙行,昭和32年11月試験湛水を開始し,昭和33年1月31日に花山ダムが完成しました。
花山ダムは迫川総合開発事業の一環として宮城県栗原郡花山村字本沢地区に築造された多目的ダムです。
花山ダム建設(第1期工事)に伴い,花山村落の中心地区が貯水池左岸の座主地区に移転しましたが,この地区はダム最高水位より低い土地であったため囲堤をもって防護しました。
しかし,座主地区の地盤は河岸段丘で浸透水が多いためその対策工事が必要となり,花山ダム第2期工事を実施することになりました。
昭和37年に調査を実施した結果,盛土を嵩上し浸透水を抑える工法で施工することが決定し,昭和39年から工事に着手しましたが,盛土量約30万立方メートルと多量に必要だったことや,役場や学校・民家・商店など40数軒が建ち並ぶ中で都市計画も兼ねた工事であったことから長期間を要し,事業費4億6千万円で,昭和42年3月に完成しました。
花山ダムでは平成3年から平成16年にかけて,近年の水需要に対応するため水道用水の確保とダム直下約2km区間の河川環境を改善するとともに,設置後40数年を経過し老朽した各施設の更新と改良を行いました。
主な施設改良点としては,洪水調節用主ゲートに子ゲートを併設したことです。これにより従来,主ゲートを操作して洪水調節を行っていた方式を,洪水期は主ゲートを一定の開度,非洪水期は子ゲートを全開にし,子ゲートから自然に流れ出す自然調節方式としました。
改修前
改修後洪水期
改修後非洪水期
湖面は釣り・カヌー等でどなたでも利用できますが,動力船舶での利用はできません。航行速度が、2ノット(時速約3,7km)以下に規制されています。
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