普及に移す技術第93号/普及技術7
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普及技術7(平成29年度)
分類名〔病害虫〕
大規模施設における促成イチゴ栽培のIPM体系
大規模施設における促成イチゴ栽培のIPM体系(PDF:487KB)
宮城県農業・園芸総合研究所
1 取り上げた理由
作期の長い促成イチゴ栽培においては,複数種類の病害虫が同時に発生し,その状況は年次や地域だけでなく,生産圃場でも異なる。化学合成農薬も含めた複数の防除技術を効果的に組み合わせた防除方法であるIPM(Integrated Pest Management:総合的有害生物管理)の推進には,各生産者がそれぞれの状況に応じて適切な防除対策を選択することが重要である。ここでは,大規模施設における促成イチゴ栽培のIPM体系を組み立てたので,普及技術とする。
2 普及技術
- 1) IPM体系
IPM体系を図1に示す。各生産ほ場の状況に応じて導入技術を選択する。
- 2)病害虫の本ぽへの持ち込み回避
本ぽにおける病害虫発生の主体は育苗ほから持込まれた病害虫である。各種微小害虫の本ぽへの持込み回避技術としては,高濃度炭酸ガス処理,スピロテトラマト水和剤の定植苗灌注処理が有効である。また,ハダニ類持込み回避技術としては,ミヤコバンカーの利用,うどんこ病持込み回避技術としては,UV-B電球形蛍光灯の育苗ほ照射も有効である。
- 3)本ぽにおける防除
病害虫の発生状況に応じて図1に示した天敵製剤をはじめとした生物農薬を導入する。天敵導入ほ場においても病害虫の発生状況に応じて農薬散布が必要となるため,それぞれの天敵への影響を考慮して薬剤の選択を行う。気門封鎖型薬剤は,天敵類への影響が比較的少ないことから有用である。
- 4)IPM体系事例
本ぽへの病害虫持込みを抑え,複数の技術を導入することにより,長期にわたって害虫の発生を抑制することができる(表1,図2,3)。また,病害虫防除に係る作業軽減及び薬剤費節減に繋がる(表2)。
3 利活用の留意点
- 1)高濃度炭酸ガス処理は,処理時間(24時間)を通じて装置内温度を平均25℃,最低温度20℃以上に保たないと十分な効果がでない。県内での本処理時期(8月下旬~9月中旬)には夜温が20℃を下回る日が出現するので,温度確保には十分に注意すること。本処理装置は複数のメーカーから販売されているが,(株)アグリクリニックからは加温ヒーター付きの装置が販売されており,外気温が20℃を下回った場合でも処理装置内を20℃以上に保つことができる(図4)。(株)アグリクリニック製の処理装置(商品名:アグリクリーナー)は3タイプ(いずれも加温ヒーター,アルミ蒸着シート等含む一式)販売されており,価格はAAタイプ(約8,000株処理)で約98万円,ABタイプ(約8,000~16,000株処理)で約105万円,BBタイプ(約16,000株処理)で約113万円である。アルミ蒸着シートは定期的な更新が必要で,ベース部分(12,000~16,000円程度)は毎年,袋部分(45,000~60,000円程度)は2~3年毎の更新が必要である。また,10a分の苗の処理に必要な炭酸ガスは10,000円程度である。
- 2)スピロテトラマト水和剤(商品名:モベントフロアブル)は,定稙苗に500倍液を灌注処理することで,ハダニ類,アブラムシ類,コナジラミ類,アザミウマ類に高い効果を示し,本ぽへの微小害虫持ち込み回避に繋がる(普及に移す技術第91号参考資料)。
- 3)ミヤコバンカーは,育苗期に設置することで苗にミヤコカブリダニを分散定着させるとともにハダニ類の本ぽへの持ち込みを軽減する。また,親株ほでの使用も有効である(普及に移す技術第92号参考資料)。
- 4)UV-Bは夜間23時~翌2時の3時間照射で高い効果を示す(普及に移す技術第90号参考資料)。設置費用は約60万円/10aであり,UV-B電球形蛍光灯の効果の持続時間は約4,500時間(3時間で年間8ヶ月点灯の場合,約6年間に相当)である。
- 5)イチゴで使用できる気門封鎖型薬剤は表3のとおりである。気門封鎖型薬剤は,抵抗性害虫や耐性菌出現のリスクが少ない薬剤であるが,対象病害虫に薬剤がかからないと効果が発揮されないので,植物体全体にムラなく散布すること。また,高温時の散布や他剤との混用では薬害が発生しやすいので,事前に圃場内の一部の株に使用して薬害の有無を確認すること。一般的に,気門封鎖型薬剤はカブリダニ類などの天敵類に対する影響は少ないとされている。ハダニ類への効果については,普及に移す技術第91号参考資料,ミヤコカブリダニとの併用については,普及に移す技術第93号参考資料を参照のこと。
- 6)開花期のミヤコカブリダニ及びチリカブリダニの同時放飼で使用できる製剤は表4,5のとおりである。ミヤコカブリダニはハダニ類以外にもイチゴの花粉を摂食して増殖することができるが,チリカブリダニはハダニ類のみしか摂食しない。したがって,ミヤコカブリダニの放飼は開花期以降とすること。ミヤコカブリダニの放飼時にハダニ類の発生がある場合,あるいはハダニ類発生の有無が判然としない場合にはチリカブリダニも同時に放飼すること。ミヤコカブリダニについては,普及に移す技術第82号普及技術,チリカブリダニについては,普及に移す技術第76号普及技術も参考にする。
- 7)コレマンアブラバチ製剤は表6のとおりである。コレマンアブラバチは県内でイチゴに発生する主要アブラムシ類であるワタアブラムシ,モモアカアブラムシに寄生し防除効果を示す。その他のアブラムシ(イチゴケナガアブラムシ等)が発生した場合には気門封鎖型薬剤や化学合成農薬で防除を行う。
- 8)ククメリスカブリダニ製剤は表7のとおりである。
- 9)各種農薬のハダニ類やアザミウマ類,炭そ病に対する感受性の低下が顕在化している。ハダニ類については,普及に移す技術第91号参考資料,アザミウマ類については普及に移す技術第93号参考資料,炭そ病については普及に移す技術第88号参考資料を参考にする。
- 10)イチゴうどんこ病に対する化学合成薬剤の防除効果と残効性は普及に移す技術第93号参考資料を参考にする。
(問い合わせ先:宮城県農業・園芸総合研究所 園芸環境部 電話 022-383-8246)
4 背景となった主要な試験研究
- 1)研究課題名及び研究期間
- a 食料生産地域再生のための先端技術展開事業「大規模施設園芸技術の実証研究」(平成24~29年度)
- b 農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業「“いつでも天敵”天敵増殖資材による施設園芸の総合的害虫防除の体系確立・実証」(連携協定研究機関)(平成26~28年度)
- c 革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)「生果実(イチゴ)の東南アジア・北米等への輸出を促進するための輸出相手国の残留農薬基準値に対応したIPM体系の開発ならびに現地実証」(平成28~29年度)
- d 農生態系内の生物多様性向上による総合的病害虫管理技術の開発(平成26~28年度)
- 2)参考データ
- 3)発表論文等
- a 関連する普及に移す技術
- a)アザミウマ類の各種薬剤に対する感受性(第93号参考資料)
- b)気門封鎖型薬剤とミヤコカブリダニの併用によるイチゴのハダニ類密度抑制効果(第93号参考資料)
- c)各種薬剤のイチゴうどんこ病に対する防除効果及び残効性(第93号参考資料)
- d)UV-B電球形蛍光灯の週4日照射によるイチゴうどんこ病の防除(第93号参考資料)
- e)天敵保護装置「バンカーシート」を利用したミヤコカブリダニによるイチゴのハダニ類抑制効果(第92号参考資料)
- f)イチゴのナミハダニに対する殺ダニ剤の効果(第91号参考資料)
- g)スピロテトラマト水和剤(商品名:モベントフロアブル)のイチゴ促成栽培における育苗期かん注処理による本ぽでの微小害虫抑制効果(第91号参考資料)
- h)気門封鎖型薬剤によるイチゴ親株でのハダニ類防除(第90号参考資料)
- i)紫外線照射(UV-B)によるイチゴうどんこ病の防除(第90号参考資料)
- j)二酸化炭素くん蒸剤を用いたイチゴ苗のナミハダニ防除(第90号普及情報)
- k)QoI剤耐性イチゴ炭疽病の発生と有効な防除薬剤(第89号参考資料)
- l)促成栽培イチゴでのミヤコカブリダニを基幹としたハダニ類の防除体系(第82号普及技術)
- m)微小害虫類及びうどんこ病に対する気門封鎖型薬剤の防除効果(第82号参考資料)
- n)天敵等を利用したイチゴの複数害虫の防除体系(第78号普及技術)
- o)チリカブリダニを利用したハダニ防除のイチゴ栽培本圃における作業時間及び費用の変化(第78号普及情報)
- p)チリカブリダニ製剤を用いたイチゴ定稙後の防除体系(第76号普及技術)
- q)養液栽培における太陽熱による培地資材の消毒法(第76号普及技術)
- b その他
- a)関根崇行・鈴木香深・猪苗代翔太・森光太郎(2017)促成栽培イチゴにおける天敵保護装置「バンカーシートⓇ」を利用したハダニ類防除.北日本病虫研報 68:207-214.
- b)菅野亘(2017)大規模園芸施設におけるイチゴ高設養液栽培でのIPM技術の実証(第27回天敵利用研究会宮城大会口頭発表)
- c)関根崇行・鈴木香深(2016). 宮城県におけるイチゴのナミハダニに対する殺ダニ剤の効果. 北日本病虫研報 67:169-172.
- d)関根崇行(2016). 気門封鎖型薬剤のイチゴのハダニ類に対する防除効果と殺菌剤の防除効果に与える影響. 北日本病虫研報 67:178-181.
- e)関根崇行(2016)宮城県における気門封鎖型薬剤や育苗期後半灌水処理によるハダニ類防除.技術と普及53(8):38-40.
- f)菅野亘・八谷佳明・山田真・金原昭三(2016). イチゴ高設栽培でのIPM技術の実証. 北日本病虫研報 67:231(講要).
- g)関根崇行・近藤誠・伊藤博祐・辻英明・山田真(2014). 紫外光照射(UV-B)によるイチゴ病害抑制効果. 北日本病虫研報 65:93-97.
- h)宮田將秀・増田俊雄(2006). ミヤコカブリダニと還元澱粉糖化物液剤の併用によるイチゴのナミハダニ防除. 北日本病虫研報 57:174-176.
- i)宮田將秀・増田俊雄(2004). イチゴのアザミウマ類に対する各種天敵資材の効果. 北日本病虫研報 55:226-231.
- 4)共同研究機関 株式会社GRA,農研機構野菜花き研究部門,農研機構中央農業研究センター,パナソニックライティングデバイス株式会社,アリスタライフサイエンス株式会社,農研機構九州沖縄農業研究センター,福島県農業研究センター,石原産業株式会社,バイエルクロップサイエンス株式会社
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