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掲載日:2021年12月10日

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常盤台霊苑・宮城之塔の紹介

【援護恩給班】

宮城県では,本県関係戦没者慰霊施設(常盤台霊苑(仙台市青葉区小松島)・宮城之塔(沖縄県糸満市摩文仁))の維持管理を行っております。

1.常盤台霊苑

常盤台霊苑は,本県関係の戦没者を慰霊するため,昭和28年に国から譲渡を受け,戦没者慰霊の合葬碑等を建立し,慰霊祭等を行っております。

常盤台霊苑は一般に開放していませんので,許可無く立ち入ることはできません。

合葬碑

ガ島戦没郷土将士留魂の碑 元歩兵第百四連隊戦没者忠霊碑 元満州独立守備歩兵第二大隊慰霊碑

(1)常盤台霊苑の歴史

年月日 事項
明治4年11月 仙台鎮台が設置される。
同時期に「仙台陸軍墓地」(仙台市向山鹿落)が設置される。
明治8年 歩兵第四聯隊が創設される。
明治9年 兵員の増加により,墓地の拡張が必要となり,宮城郡原町小田原(現在の仙台市青葉区小松島)に新たな墓地が整備される。
明治25年7月 向山鹿落の陸軍墓地が廃止され,小田原の墓地へ改葬される。
明治40年3月 「明治三十七八年戦歿病歿者之墓」が建立される。
昭和8年10月 「満洲事変戦死病歿者合葬之墓」が建立される。
昭和15年秋 戦没者の激増に伴い,戦没者の分骨を納めるために,納骨堂(現在の待合室)が建立される。
昭和20年8月 終戦。
墓地施設は,大蔵省の所管となり,聯隊区司令部が管理することとなる。
昭和20年12月 聯隊区司令部が宮城地方世話部と改称される。
昭和22年5月 地方世話部の廃止に伴い,宮城地方世話部は宮城県の機構に入り,宮城県民生部世話課となる。
昭和22年7月 大蔵省から宮城県が施設の無償貸与をうける。
昭和28年11月 大蔵省から宮城県が施設の無償譲渡をうける。
「常盤台霊苑」と改称し,「大東亜戦争戦歿勇士合葬之墓」を建立する。
除幕式及び慰霊祭を挙行する(11月20日)。
以後,県有の戦没者慰霊施設として今日に至る。

(2)施設の概要

  • 所在地:仙台市青葉区小松島2丁目
  • 敷地:面積 11,570.24平方メートル
  • 墓碑
    • 明治三十七八年戦歿病歿者之墓(明治40年3月10日建立)合葬数:499柱
    • 満洲事変戦死病歿者合葬之墓(昭和8年10月建立)合葬数:1,137柱
    • 大東亜戦争戦歿勇士合葬之墓(昭和28年11月20日建立)合葬数:13,744柱
      ※おもに支那事変以降の戦没者の分骨等が納められている。
    • 合葬墓石 7基:198柱
      ※おもに日清・日露戦争以前に在営中または野戦において戦死・病死した軍人・軍属が土葬されている。
    • 個人墓石(367基:367柱
      ※おもに日清・日露戦争以前に在営中または野戦において戦死・病死した軍人・軍属が土葬されている。
    • ガ島戦没郷土将士留魂の碑(昭和47年4月)
    • 元歩兵第百四連隊戦没者忠霊碑(昭和50年4月)
    • 元満州独立守備歩兵第二大隊慰霊碑(昭和51年4月)

2.宮城之塔

宮城之塔は,太平洋戦争最後の戦場となった沖縄県摩文仁の丘に,今次大戦において戦没した本県出身の勇士45,500余柱の霊を慰霊するため,昭和43年に建立し,毎年10月下旬に沖縄「宮城之塔」慰霊祭を行っております。

宮城之塔主石 碑文

施設の概要

  • 所在地 沖縄県糸満市「摩文仁の丘」
  • 敷地 面積 966.9平方メートル
  • 主石 宮城県伊具郡丸森町産(花崗岩自然石)
    高さ1.9メートル 幅3.2メートル 厚さ1.6メートル 重さ18,000キロ

お問い合わせ先

社会福祉課援護恩給班

宮城県仙台市青葉区本町三丁目8番1号(7階北側)

電話番号:022-211-2563

ファックス番号:022-211-2594

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