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このコーナーでは、"水道(すいどう)あゆみ"を説明(せつめい)します。
そして、みんなが飲(の)んでいる水(みず)をつくっている"南部山浄水場(なんぶやまじょうすいじょう)のあゆみ"へと進(すす)んでいきます。
ちょっぴりむずかしい話(はなし)だけど、よく読(よ)んでね!
日本(にほん)の最初(さいしょ)の水道(すいどう)は、神奈川県(かながわけん)小田原市(おだわらし)の"早川水道(はやかわすいどう)"と言(い)われています。
その後(ご)、1590年(ねん)に徳川(とくがわ)家康(いえやす)が井之頭(いのかしら)というところの湧水(わきみず)を江戸市(えどし)に送(おく)ったと言(い)われています。
そして、江戸市(えどし)中(じゅう)に、玉川上水(たまがわじょうすい)や亀有上水(かめありじょうすい)などがつくられ、仙台(せんだい)にもつくられるようになりました。
仙台(せんだい)は、伊達家(だてけ)の時代(じだい)につくられた「四ッ谷(よつや)用水(ようすい)(1653~1702)」が水道(すいどう)のはじまりと言(い)われています。
しかし、これらの用水(ようすい)は、防火用水(ぼうかようすい)(火事(かじ)のときに火(ひ)を消(け)すための水(みず))などで、飲(の)み水(みず)に使(つか)われたかは、はっきりしていません。
飲(の)める水(みず)を送(おく)るというようになったのは、1885年(ねん)~1887年(ねん)に神奈川県(かながわけん)がつくり、横浜市に(よこはまし)管理(かんり)をまかせたのが、最初(さいしょ)と言(い)われてます。
このような水道(すいどう)がつくられるようになった理由(りゆう)は、「コレラ」という伝染病(でんせんびょう)が大流行(だいりゅうこう)したからです。
宮城県(みやぎけん)でも、「コレラ」が発生(はっせい)し、多(おお)くの人(ひと)が亡(な)くなったので、今(いま)の大崎市(おおさきし),仙台市(せんだいし),塩釜市(しおがまし),村田町(むらたまち)などで水道(すいどう)がはじまりました。
仙南(せんなん)地区(ちく)と仙塩(せんえん)地区(ちく)は、宮城県(みやぎけん)の中心(ちゅうしん)地域(ちいき)にあたり、水道(すいどう)を使(つか)う人(ひと)が増(ふ)えたことと、ダムなどから水(みず)をとり、飲(の)み水(みず)として使(つか)う必要(ひつよう)がでてきたので、いろいろな人(ひと)たちが知恵(ちえ)を出(だ)しあって、この事業(じぎょう)をはじめることとなりました。
昭和(しょうわ)50年度(ねんど) | 調査(ちょうさ)委員会(いいんかい)をつくる。 ここでは、どうやったらうまく仕事(しごと)ができるかを考(かんが)えました。 |
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昭和(しょうわ)51年度(ねんど) | 基本計画(きほんけいかく)決定(けってい) どうやって、つくりあげるかが、決(き)まりました。 |
昭和(しょうわ)54年度(ねんど) | 浄水場(じょうすいじょう)をつくりはじめました。 |
平成(へいせい)元(がん)年度(ねんど) | 七ヶ宿(しちかしゅく)ダムが完成(かんせい)しました。 |
平成(へいせい)2年度(ねんど) | 一部(いちぶ)の市(し)や町(まち)に水(みず)を送(おく)りはじめました。 |
平成(へいせい)4年度(ねんど) | 全部(ぜんぶ)の市(し)や町(まち)に水(みず)を送(おく)りはじめました。 |
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