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明治37年9月7日に設立された黒沢尻普通水利組合によって管理されていた黒沢尻用水路は元来,単独で澄川の水を水路で引き濁川の上を掛樋(かけひ)で渡して遠刈田温泉に給水し黒沢尻川水路を経て蔵王町円田の一部を潤したのち,澄川と濁川(にごりがわ)が合流した松川から別に取水された用水と共に藪川(やぶかわ)に注水され,宮・金ヶ瀬・大河原・沼辺の耕地に潅漑されていましたが,濁川の鉱毒水が時々強くなり,被害が発生していました。(参照:澄川用水要図)
一方,澄川用水は,藪川(やぶかわ)流域と荒川流域の流況の不安定な小河川を水源に利用していた干ばつの常習地帯でした。特に,澄川用水の干ばつ被害は筆舌に表せないほどひどく,その恒久対策として新たな水源を確保するため,澄川用水関係者は大正15年に黒沢尻普通水利組合から澄川の真水を引く同意を取り付け,澄川から取水することになりました。ここに,澄川普通水利組合が大正15年に設立されました。そして,昭和3年~昭和6年にかけて澄川取水口から黒沢尻川用水路及び澄川用水路を経て村田町足立の荒川注水口におよぶ導水路の建設工事が当時の県営澄川用水改良事業で実施され,昭和6年7月20日に澄川用水路の通水が開始され,両用水が一つの用水を共同利用する形態が出来上がりました。
その後,昭和14年には,東北振興電力株式会社(昭和11年10月創設,現在の東北電力(株))による松川発電所計画により遠刈田発電所及び曲竹発電所が設置されることになり,澄川取水堰堤として澄川右岸下流に移されました。新たに秋山沢川にも秋山取水堰堤が増設され,昭和14年の遠刈田発電所建設,昭和16年の曲竹発電所建設後からは,取水した用水を発電用水として利用した後に農業用水として澄川用水及び黒沢尻用水に配水される現在の用水利用形態に変更されました。
以上のとおり,澄川から取水した農業用水を一度,遠刈田発電所で水力発電用に利用し,その後,疣(いぼ)岩分水工(昭和16年)にて黒沢尻用水と澄川用水に分水されるようになりました。
いぼ岩分水工(土木学会選奨土木遺産)
澄川取水堰堤
澄川分水工(澄川分水槽)
用水の70%を澄川用水路,30%を黒沢尻用水路に分けています。
昭和16年(1941年)に東北電力遠刈田発電所新設の際に設置されました。
水源地の選定と黒沢尻普通水利組合との協定成立
以上の要求を承諾して協定が結ばれました。
6月29日
澄川普通水利組合創立総会開催,組合が結成され,県営事業を実施することになりました。
1月~県営澄川用水工事は,1月から測量が開始されました。
3月 起工
農民の生活救済のため,組合3ヶ町村の人々が工事に従事することが認められ,組合3ヶ町村の人々が工事に従事しました。
7月20日
通水式が行われました。
工事を始めて3年で水路が延長されました。総距離約15kmになりました。
昭和9年
黒沢尻普通水利組合との間に澄川用水路(共通水路)の維持管理について契約が取り交わされました。
3月
電力会社の松川発電(遠刈田,曲竹(まがたけ)発電所)計画が持ち上がり,水利組合と契約しました。
電力会社は遠刈田,曲竹発電所の使用水の増加に伴い,契約書を変更しました。
電力会社は用水使用の補償金を出したが,澄川水利組合で,これを辞退し,会社側ではそのかわり,いぼ岩分水工から村田町足立の岩倉にいたる用水路の破損箇所の補修を一切を引き受けることになり,これが現在にいたって継続されています。
8月3日
水利組合は柴田郡村田町外二ヶ村澄川土地改良区と名称を変更した。
土地改良区と東北電力との間で,契約書の変更がされました。
潅漑期間:5月11日から8月31日までの澄川用水路に対しては,1.08m3/S。
非潅漑期間:9月1日から翌年5月10日まで0.135m3/S。
「東北電力は蔵王町棚村分水槽より下流第二号隧道~円田分水工~山の入り落差工~鎌倉沢逆サイフォンを経て村田町足立岩倉地内左岸水槽に至る用水路の破損箇所を補修する」となっています。
春,蔵王連峰濁川上流振子沢付近に強酸性鉱毒水の湧出が発見され
この鉱毒水が松川に流入し,河川水を強酸性にしたため,松川沿いに農作物の減収,魚類の死滅等の被害が発生し,pH2.4と非常に低い酸性の水を潅漑していた水田もあり,水稲の減収・品質の低下が見られました。そのため用水転換ダムとして村田ダムが建設されました。
平成17年現在,振子沢から湧出する鉱毒水の流入は,農作物に影響するほどの程度になっていない。濁川のpHは5.2程度です。
しかしながら,振子沢から湧出する強酸性鉱毒水の河川への流入については,脅威となっています。
澄川用水の完成を記念して村田相山の水道濾過池前に石碑が建立されました。
また,この3首長は寝食を忘れ,一身一家を顧みず宿願を果たすべく努力しました。
それぞれ,その町内村に偉業を称え胸像または彰徳碑が建立されました。
澄川用水の完成により3村2町の水田に潅漑されるようになりました。
(注)町:ha,反:10a=1,000平方メートル
蔵王町円田の圃場整備地区(円田二期地区)
円田二期地区から望むみやぎ蔵王三十六景
円田二期地区は平成16年度,17年度に水稲直播栽培に取り組んでいる地域です。
この地区はみやぎ蔵王三十六景にも選ばれました。
写真は田んぼの水面に蔵王が映し出されています。
(注)みやぎ蔵王三十六景は大河原地方振興事務所でみやぎ蔵王をメインに仙南のすばらしいスポットを多くの方にご応募いただいた中から,平成16年3月に選定しました。
清く青く限りなく 澄川用水路通水五十周年記念誌 昭和56年7月に発行されました。
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