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掲載日:2024年10月1日

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ワークショップ活動の記録「組み合わせる、料理するように」

「組み合わせる、料理するように」

  • 日時:2023年6月17日(土曜日)午前10時〜午後4時
    •    2023年6月18日(日曜日)午前10時〜午後4時
  • 場所:創作室2
  • 講師:冨樫達彦(アーティスト)
  • 担当:細萱航平(教育普及部職員)
  • 参加者数:6月17日(土曜日)17人、6月18日(日曜日)18人

五感をはじめとした自分の感覚で何かを感じるということについて、特に美術では扱いにくい味や匂いから考えを広げ、そこから美術の作品制作について試みたワークショップです。アーティストでもあり料理人でもある冨樫達彦氏を講師として招聘して実施しました。

山形県出身の冨樫氏は、東京にて食堂付きのアーティストランスペース「Lavender Opener Chair」を運営しています。提供する料理は、自身の山形の実家での味の記憶に自身の経験を足してつくられた家庭的なものである一方で、作家として制作する作品は、多くの場合はささやかなオブジェの組み合わせで成り立っており、多くが味覚・嗅覚と関わりながら、しかしそれらを取り巻く様々な事象に関する思索へと誘うように慎重に設えられています。日常の事物と同じような調子で置かれたそれらは、一見すると見逃してしまいそうなほどに作品としての装いを放棄しながら、しかしよく見るとどこか不穏で、その存在に気付いた人々を世界の複雑さへとからめとってしまうように見えます。近年の冨樫氏は食べることのできる作品も発表しており、ますます作品に占める味覚・嗅覚の割合は増えているように見えます。このワークショップでは、そのような冨樫氏と味覚や嗅覚を中心とした五感についての様々な勉強・実験をしながら、最終的には素材や美術制作に対する先入観を取り去り、食材を選ぶように素材を探し、料理をするように制作することができるかに挑戦しました。

1日目

1日目の午前中は、まず冨樫氏と参加者が互いに自己紹介を行うことから始めました。冨樫氏は、自身が運営するギャラリーと食堂が一体となったスペースについて紹介しながら、「自分は身一つで作家として活動ができるが、代わりにアトリエにキッチンが欲しかった。そうすれば自分も料理が作れるし、それを囲む人々も集まれる」と述べ、参加者の関心を引いていました。続く参加者の自己紹介では、自分の名前とおすすめのお店(もしくは好きな食べ物)を紹介しながら互いに話をすることで、交流を深める機会としました。これは、自分が食べたものについてはみんな気軽に様々な話ができるのに、美術作品については同じようにできないのはなぜだろうと考えた冨樫氏からの提案でしたが、それを裏付けるように、特におすすめのお店についてはどの参加者も自分に関わる様々なエピソードを紹介していました。最後の参加者が紹介したお店は、偶然冨樫氏が訪れたお店と同じだったため、思いがけず冨樫氏から様々なエピソードや制作のモチベーションに関わる話、良いと考える飲食店についての話を引き出すことにもなりました。

 
十分に交流したところで、実際に五感を使いながら、感じることを美学的に考える時間を設けました。きっかけとして、まず冨樫氏からマルセル・プルースト(1871~1922)の「モノが滅びてしまうような先において、最後まで残るのは味と香りだ」という旨の文章が紹介されました。この言葉の意味について、通常であれば、レシピなどモノに残すことで伝えようと考えるところを、プルーストはモノが無くなった後に感覚自体が残るという逆のことを述べているようだと冨樫氏の考えが述べられました。

この後、実際に自分たちの感覚を使った活動を行いました。まず、感じた香りを言葉にすることに挑戦しました。2種類の香水を用意し、これをストリップに吹き付けたものを参加者に配布し、それぞれの香りをどのような言葉で表現できるか考え、紙に書き出してもらいました。途中、冨樫氏からミッシェル・セール(1930~2019)による、「話すことと食べることはともに口と舌を使うために両立しない」などの考えも紹介され、味覚や嗅覚で感じたことを言葉に表現することの難しさを参加者は感じていました。

 

2種類の香水のうち、1つ目の香水は、ミニマルな調香で知られるジャン=クロード・エレナ(1947~)による香水で、バラをその名に冠しながらバラの成分が使われておらず、別のものでバラの香りを表現するというトリッキーな香水でした。これを嗅いだ参加者は、黄色、緑、青色といった色や、植物、夏、あるいは若者を連想する言葉があった一方で、バラとの指摘や、高齢の女性や貴婦人を想像した声もあり、若々しさに連なるイメージと華やかなイメージという2つにおよそ収束した点が興味深く思われました。香水では、なかなか香料のとれないザクロの香りを表現するために、バラの香料を少し加えるといったことがあり、モノとイメージとの関係を考える上で面白い事例として、冨樫氏から説明がありました。

2つ目の香水は、香水業界にセンセーショナルを起こしたという、単一の香料のみでつくられたという香水で、その経緯も含めて冨樫氏から紹介がありました。単一香料のみであっても、参加者からはフローラルで甘いといった感想のほか、すがすがしい光、風鈴や畳、静かな時間の匂い、お葬式、ミルクの香り、無臭に近い、木、弱い、少女、焼けた石、ハンカチ、おしゃれな現代、清潔など多様な言葉が聞かれました。このことに対して冨樫氏は、香りに対するイメージがこれだけ多様になるのは、香りにはそれを嗅ぐ主体の記憶などが投影されやすいことも関係すると指摘しました。また、冨樫氏が香りに着目するきっかけとして、アムステルダムでカブが欲しいと思ったとき、カブかどうか見分けがつかなかった野菜に軽く傷をつけて匂いを嗅いだところ、匂いからカブだと確信できたという出来事について紹介があり、改めて香りとイメージの関係性の面白さを強調していました。

 

 

最後に、透明な液体の香りを嗅いで、そこに何を感じるかを全員で確かめました。参加者からは、白ワインやマスカット、あるいは丸い梅のような香り、といった声が聞かれ、冨樫氏からはライチのような香りという言葉がありました。しかし、その液体の原料はサツマイモで、そのことを知った参加者からは驚く声が上がりました。冨樫氏によれば、ワインのソムリエは、例えばあるワインの中にマスカットの匂いを感じたとき、「マスカットの匂いっぽい(it smells like a muscat)とは言わず、この中にマスカットがある(there is a muscat)という言い方をする」といいます。総じて、モノ・香り・イメージの関係性の複雑さについて考えを深める機会となりました。

昼休みはワークショップの時間外でしたが、冨樫氏と一部の参加者がそれぞれ持ち寄ったお弁当などを通じて交流していました。これは、冨樫氏がワークショップの冒頭の自己紹介で述べた、「料理を介して人々が集まり、コミュニケーションが生まれる様子」とも重なり、冨樫氏の理念が体現されている瞬間のようにも見えました。

 

昼食後、まず冨樫氏から香りに関する別のトピックとして、香盤時計について説明がありました。ビョンチョル・ハン(1959~)によれば、抹香を線上に配し、これを燃やすことで時間を計る香盤時計は、線香で時間を計るとき、時間と空間が一緒にされてしまうと言います。特に、香を燃やして時間を計るとき、香が燃え尽きてしまっても香りがその空間に残ることの不可思議さについて冨樫氏から言及がありました。

また、色についても染色やガラス工芸を例に説明がありました。例えば、同じくビョンチョル・ハンの言葉を引用しつつ、桜による草木染の際に花びらを使って染めてもピンクにならないが、木の皮を使って染めるとピンクになるという現象を例に挙げ、視覚的に捉える表層的な色と中に隠されている色の関係について考えるきっかけとしていました。

最後に、ティモシー・モートン(1968~)の言葉から、音と物質の関係性について考えました。例えば、風の音は直接「風」を聞いているわけではなく、扉が閉まる音や木の葉のざわめきなど、別の物質を介して聞かれます。また、B♭という音に関しても、直接「B♭」を聞くのではなく、トランペットなどを介して聞くことになります。そのような意味で、音を聞くこととは音と物質の関係性を聞くということかもしれない、と冨樫氏からの問題提起がありました。サウンドテーブルテニス用のピンポン玉(中に鈴が入っている卓球)を参加者に配り、これで遊びながら、音と物質の関係、更には音をはじめとした五感で世界を感じるということについて考えました。

 

一通り話をした後で、冨樫氏から、中東の冷製ヨーグルトスープ「タラトール」の紹介がありました。冨樫氏がブルガリアから日本に来ていた作家から教えてもらったというエピソードも交えながら、使う材料(ディル、きゅうり、にんにく、ヨーグルト、くるみ、塩、油、水など)や使う料理器具について、全員で確認をしました。

この話を受けて、「卵を使った料理」をテーマにレシピを書き起こす活動を行いました。料理ができるまでの間に想像できる様々な事をレシピとして文字化することとしました。このとき、自分だったらどうレシピを書くかという質問を受けた冨樫氏は、即興で考えたレシピを参加者と話をしながら仔細にわたって言葉にしていき、参加者の笑いを誘うとともに、ここでの「レシピ」のイメージを具体化しました。参加者は好きな場所でA4用紙に各々が思いついた卵を使った料理についてレシピを書き出していきました。途中で冨樫氏と相談したり、創作室を離れて居心地の良い場所で書いたり、他の参加者と談笑しながら考えたりなど、自由な雰囲気の中でそれぞれがレシピをつくっていく姿が印象的でした。

できあがったレシピはコピーして各参加者にシェアし、互いに読み合いました。基本的には一般的にイメージされるような文字主体のレシピが多く、そのまま実際の料理に使うことのできそうな内容が多く見られました。一方で、色を付けたり、絵を描き足したりした参加者がいたり、中には独身時代に作った料理だというレシピや、切った材料を別の工程で使った同じ皿に取っておくといったリアリティあふれるレシピもあり、参加者それぞれの日常が垣間見えました。このレシピを元に、参加者間で交流する様子も見られました。

 

 

レシピをつくる活動が一段落した後、最後にそれらのレシピを参考に、創作室にあるモノや参加者が自身で用意できるモノなどを使って作品の制作を試みました。ただし、レシピを再現したり、食品サンプルのような作品をつくったりするという意味ではなく、あくまでレシピは発想のきっかけであって、レシピの中に含まれる材料や調理方法から発想を広げても良いし、午前中の話と合わせて嗅覚や味覚に焦点を当てた制作を行ったり、レシピそのものに着目して制作したりしても良いとしました。また、完成させることやモノとしてかたちにすることにこだわる必要はないとしました。しかし、この投げかけは参加者には難解に感じられたようです。自分の作品制作で行っていることを言葉に落とし込もうとする冨樫氏と、その意図を理解しようとする参加者、両者の間をつなごうとする美術館スタッフの間で、しばし話し合いを行いました。

例えば、食材を使ってよいかという質問が参加者から投げかけられた際は、今回は食べられるものは使わない方が良いのでは、ということになりました。これは、レシピを使って食べられるものをつくるのは、レシピを使って料理をつくるだけになり、今回のワークショップの意図である「料理をするように制作をする」とは離れてしまう可能性があったためです。あるいは、例えばベーコンに似た質感という理由でカッターマットを包丁で切ったり、炒めて焦げ色をつけてみたりするということか、という投げかけがあった際は、冨樫氏はそれを面白そうで良いとした上で、彫刻で使われる木のような素材にも味や香りがあり、食材としての目でそれらを見ることが出来るかもしれないと考えた自身の経験を話しました。

このような対話の中で、レシピを書いた際に出てきた様々な「料理方法」は、見方を変えれば同じモノづくりの方法であり、今回行うのは、食材ではないモノを「料理する」ことかもしれない、という議論が行われました。つまり、通常は料理と切り離されて考えられることの多い美術制作の手法にレシピを関連付けることで、例えば味やにおいを想像しながら木や金属などの素材を見つめたり、撹拌や加熱などの調理をする際に行う動作を制作の技法に取り込んだりといったことを試す機会とするとともに、そのような過程を経ることで、参加者の制作に嗅覚や味覚といった感覚を刺激する要素が取り込まれることを期待した、ということです。普段から制作を行う参加者には、その制作方法を大事にしつつ、材料を「料理する」という制約を加えてもらうことで、どのようなことが出来るか挑戦して欲しいと伝えました。この話し合いは白熱し、30分以上にも及びました。

上述のように、自由度が高いことに加えて解釈の難しいワークであったため、ワークを説明した時点では参加者に混乱が見られましたが、冨樫氏、参加者、美術館スタッフ間で対話を重ね、また制作に取り掛かった後にも冨樫氏やスタッフが困っている参加者一人一人の相談に乗ることで、それぞれの興味関心に応じた活動ができるように後押ししました。実際、参加者の多くは、ひとまず創作室の中にあるものを物色することから始め、様々な素材を組み合わせたり、他の参加者と五感に関わる話を交わしたり、冨樫氏と相談したりすることで、だんだんと制作に没頭していったようでした。参加者それぞれが制作の方向性をおよそ定めたところで時間となり、1日目を終了しました。

 

2日目 

2日目の午前中は、引き続き参加者それぞれで1日目に決めた方向性に沿って制作を続けました。参加者と相談の上、可能な限り制作スペースは創作室内に制限しないこととし、もし広い作業スペースが必要ならば机や椅子を移動し、相談や制作の手伝いを求められれば冨樫氏やスタッフが積極的に支援するなど、多様な制作に応えるようにしました。昼休憩は参加者それぞれで調整してもらい、午後1時までに制作したものを持ってくることとしました。黙々と自分がイメージしたオブジェのために制作を続ける参加者がいる一方で、コンセプトを練ることに時間をかけ、冨樫氏と相談を重ねる参加者や、自分が気になったことについて検証を繰り返すような活動を行う参加者も見られました。

 

 

 

昼休憩の後、参加者に制作の結果をシェアするために、午後1時過ぎには創作室とその周辺につくったものを準備してもらい、それらを見合いながら互いの考えを共有しました。集まった作品は非常にバラエティに富んでおり、書やコラージュ、工芸や彫刻に始まり、レディメイドやインスタレーション、参加型アート、インストラクション・アート、プロジェクト型のアートに類すると思われるものまで、多種多様な試みが並びました。

例えば、フレンチトーストのレシピの手順を書にしたためた参加者の作品は、フレンチトーストのイメージに書から受ける印象や墨の香りが混ざり、一風変わったフレンチトーストを私たちに想像させました。スパニッシュオムレツを綿や布などの柔らかい素材で大きく造形したという参加者の作品は、そのカラフルでポップな造形と絶妙な大きさが私たちに不思議な感覚を催させるだけでなく、「断面が好きだ」ということで、アクリル板でスパニッシュオムレツをくりぬいたような造形を組み合わせてあり、作者のこだわりを感じることができました。

 

土嚢袋に様々なオブジェを入れて口を縛ったものを3つつくり、これを長い金属の棒で串刺した参加者は、料理のレシピの動作(包む、刺すなど)から着想を受けたと話したとおり、大きな串料理のようにも見える、しかし素材の力を感じさせる異物感のあるオブジェをつくりあげました。一方で、創作室内の材料からつくった食べ物を模したオブジェを大きな皿に盛りつけた参加者の作品の中に、ところどころ手を加えていないそのままのオブジェが差し込んであり、例えばバレンがハンバーグにも見えるというような錯覚を誘発していました。様々な素材やオブジェを組み合わせ、消化器官や排泄物を想起させる構造物を創作室テラスに出現させた参加者もおり、その構成の巧みさやインパクトは他の参加者にも衝撃を与えていました。

 

また、ある参加者は家を出発してからレストランで料理を食べ、帰ってきた後に感想をシェアするまでを重さを感じる体験に置き換えるという、経験すること自体を作品として構成しました。一方で香りに関心を持ち、創作室周辺のあらゆる素材の匂いを確かめ、その体験を言語化して報告としてまとめた参加者もおり、その着眼点のユニークさには全員で興味深く話を聞くことができました。1日目に使用したサウンドテーブルテニスのピンポン玉を刺繍細工で包み込んだものを徹夜で制作し、それを制作するまでの自分の気持ちの変遷をドラマチックな振舞いで語ってくれた参加者は、自身の迷いも踏まえてそのように表現したと語り、自身にとって非常に刺激的な挑戦となったようでした。料理のレシピがあることで世界中の様々な人々がその動作を行い卵が割られ続けているということに関心を持ち、その音を想像させることを目標として短い文章の掲示のみで作品を成立させようとした参加者もおり、紙に手書きで書かれた文章が壁に貼られた様子からは詩性を感じることができました。

 

最後に、冨樫氏がこっそりとつくっていた「作品」を提示しました。事前のワークショップの下見の際、創作室近くのイスの裏に不思議なプラスチックの器具がついていたのを見つけた冨樫氏は、後に自分でそれが何かを調べ、非常用のライトであることを突きとめていました。そして、ワークショップの直前に同じ型のライトを偶然フリーマーケットサイトで見つけ、時間ギリギリでそれを購入し、今回それを創作室に持ち込んでいました。この経緯を説明した冨樫氏は、参加者の前で説明し、買ったライトを実際に椅子の裏のプラスチックの器具に差し込みました。このライトを差し込んだイスを含めて、同じ方のイス4つを規則的に並べて提示し、最後には自身の考える「作品」について話を聞かせてくれました。物言わぬ様々なオブジェとそれが背負っている様々な物語が何食わぬ顔でひっそりと同居し、私たちと同じ(特別でない)空間に存在する様を見ながら、参加者も神妙な面持ちで話を聞いていました。冨樫氏は、その瞬間を目撃した参加者だけが知っている「作品」の秘密を共有するようにしながら、今回のワークショップにも言及し、まとめの言葉としました。

様々な参加者がいる中、2日間という短い時間で、普段は美術制作であまり使わない感覚を意識的に開きながら、それを元に制作を試みるという難易度の高いものでしたが、冨樫氏の導きもあり、みな満足のいく結果を得ることができたようです。一方で、全体を通して冨樫氏自身も進め方や発題の仕方を悩みながら進めている姿が印象的で、だんだんと冨樫氏と参加者が一緒に考えていくような雰囲気が醸成されたことで、最後の達成感に繋がったようにも見えました。参加者にとっても、日常につながる感覚から美術を考える経験となったのではないでしょうか。

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