ここから本文です。
多賀城跡で出土した木簡450点。
本資料は、多賀城市にある特別史跡多賀城跡附寺跡と城外の山王・市川橋遺跡から出土した、奈良時代から平安時代(8世紀~10世紀)にかけての木簡である。昭和45年以降、これまで多くの木簡が発見されており、地方でこれほどの数が発見されている例はほとんどない。
内容的には荷札、進上文、帳簿、習書、呪符、など多様なものがあり、坂東諸国からの米の支援に付けられた荷札、白河軍団から弓の射手を多賀城に派遣したことを示すもの、戸籍や兵士に関係する帳簿に関するもの、役人たちが文字の手習いに使用したものなど、陸奥国府としての多賀城における政治・軍事活動の一端を示すものである。
形態的には、長方形をした薄い木片が木簡の基本的な形であるが、側面に貫通した穴があり、そこに紐を通して束ねて使用したものや、間違った文字を書きなおすために文字を削り取った削屑、壊れて廃棄された高杯に文字を練習したもの等もあり、多賀城では多様な木簡が使用されていたことがわかる。
木簡は多賀城創建期を解明する資料となるものや、「天平神護」「大同四年」の年紀のあるものもある。多賀城を中心とした律令国家の東北経営の実態を知ることができ、文献史料の少ない東北古代史研究の進展に寄与するものとして、大変貴重である。
指定年月日:令和5年6月27日
(画像提供:宮城県多賀城跡調査研究所)
お問い合わせ先
より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください
重要なお知らせ
こちらのページも読まれています